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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)22号 判決 1966年4月26日

原告 更生会社中島造機株式会社

管財人 後藤久馬一 外一名

被告 特許庁長官

訴訟代理人 上野国夫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1、被告が昭和三九年一一月一七日付特許庁昭和三九年特総第九〇二号をもつてした裁決を取り消す。

2、訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決

二、被告

主文と同趣旨の判決

第二、請求の原因

一、被告の裁決

(一)  訴外中島造機株式会社(以下「訴外会社」という。)は昭和三六年一〇月三日特許庁に対し訴外株式会社米山穀機発明所を被請求人として実用新案登録第三九九、一一六号実用新案権について判定の請求をした。

(二)  特許庁は昭和三九年一月二一日前記判定請求事件について「請求人の申立は成り立たない。(イ)号図面およびその説明書に示す加熱膨潤装置は登録第三九九、一一六号実用新案の技術的範囲に属する。」旨の判定をした。

(三)  訴外会社は昭和三九年四月三日被告に対して前記判定に対する行政不服審査法による異議の申立をし、「特許庁が昭和三九年一月二一日にした判定を取り消す。イ号図面およびその説明書に示す加熱膨潤装置は登録第三九九、一一六号実用新案の技術的範囲に属しない。」旨の決定を求めた。

(四)  これに対して被告は昭和三九年一一月一七日「本件審査請求はこれを不適法として却下する。」との裁決をしたが、その裁決の理由は別紙のとおりである。

(五)  訴外会社は昭和三九年一二月二一日更生手続開始決定を受け、原告らが管財人に選任された。

二、裁決の取り消されるべき事由

(一)  被告がした本件裁決には、特許法第七一条(実用新案法第二六条において準用する場合を含む。)による判定を行政不服審査法上の行政庁の処分ではないと解した違法がある。

1、本件裁決は、「行政庁の処分」をいわゆる法律行為的行政行為のみに限定した極めて狭い意味に解しているが、これは、行政庁の処分が準法律行為的行政行為をも含むことを忘れた議論であり、その不当なことは、行政不服審査法制定の沿革をたどれば明らかである。すなわち、同法は、その前身である訴願法が行政庁の違法不当な処分から国民の権利利益を救済するものとして不備であつた点を是正すべく制定されたものであつて、このことは、同法第一条第一項の文言から明らかである。同法の趣旨からすれば、同法における「行政庁の処分」とは、行政庁の事実行為を除いた公法行為であつて、具体的事実に基き国民に対して為すすべての行為を含むと解すべきである。

2、ところで、「判定」は、特許庁長官の指定する三名の審判官で構成する合議体が、請求人、被請求人の対立する構造のもとに旧法の権利範囲確認審判とほゞ同等の司法審査に準ずる手続で、特許法第七一条という公法に基いて特許発明、実用新案等の技術的範囲を公の権威をもつて確認する行為であり、それは準法律行為的行政行為である。従つて、その実質は、行政処分である審判と変りがない。このことは次の事実によつても裏付けられる。すなわち、特許発明等の技術的範囲に関する紛争の実際からみると、判定の結論は、裁判所、検察庁および係争当事者間において、その技術的範囲の認定上最も有力な証拠資料と目され、判定の結論によつて紛争が結着される場合が極めて多い。このことは、特許庁に提起された判定請求事件の係属数が昭和三九年度において約二五〇件、同四〇年度において約三〇〇件に上つている事実に照らし容易に肯定されよう。

3、仮りに、「判定」がいわゆる確認行為すなわち準法律行為的行政行為にあたらないとしても、判定は、その実体からして行政不服審査法第二条第一項の「事実行為」に該当する。被告は、本件裁決において、この「事実行為」を行政庁の行為に原因する物理的な事実状態であつて、継続的性質を有するものに限定しているが、このように解すべき理論的根拠はない。

強制力を伴わない行政庁の事実行為も、これを受けた当事者或は裁判所、検察庁において前記のとおりこれを尊重し是認して、これを無視し得ない事実状態が現実に生じている以上、それが物理的状態の継続であると否とを問わず、行政不服審査法第二条第一項の事実行為として、これにより不利益を被つている国民に不服申立の権利を与えるべきである。

4、以上のとおり、判定は行政不服審査法上の「行政庁の処分」に該当するのに、被告の本件裁決は、これを別異に解した違法があるから、取り消されるべきである。

(二)  本件裁決は、訴外会社の判定に対する異議申立を審査請求として処理した手続の違法がある。

特許法第七一条の判定の処分庁は、特許庁長官であつて、同長官は通商産業省の外局の長であるから、判定の取消を求める不服申立は、行政不服審査法第六条の異議の申立によらなければならない。そこで、訴外会社は、この異議の申立をしたのに、被告は、これを同法第五条の審査請求として処理した。これは明らかに同法の手続に違反したものであるから、本件裁決は取り消されなければならない。

第三、被告の答弁

一、請求原因第一項は認める。

同第二項は争う。

二、(一) 特許法第七一条による判定は、行政不服審査法における「行政庁の処分」ではない。

1、行政不服審査法の不服申立の対象となる処分は、行政訴訟の対象となる処分であると解されるから、問題は何が行政争訟の対象となる処分であるかということに帰する。ところで、行政庁の行為であつても、それが行政権の発動として法律効果の形成を目的とするものでない場合、すなわち国民の権利義務ないし法律上の地位に直接かつ具体的な影響を及ぼさないものは、これを訴訟によつて排除する意味がないから、行政訴訟の対象とならないことは、従来から学説判例の一致するところである。

2、判定は、行政権の発動として法律効果の形成を来すものではない。

現行特許法における判定制度は、旧特許法(特許法施行法―昭和三四年法律第一二三号―によつて廃止)における確認審判制度に代わるものであるが、判定は、特許発明の技術的範囲が容易に判別できないものが多いところから、その判別について、専門的な知識を有する特許庁が請求によつてその見解を示すだけであつて、その結果については、なんら法律的効果を賦与されていないのである。このことは、特許法が、旧特許法第一二五条第二号、第一二六条のような審決に法律的効果を認めることを前提とする規定を設けていないことからも明らかである。それ故、判定は、いわば、専門行政庁としての参考意見の表明にすぎず、後日訴訟において裁判所が特許発明、考案の技術的範囲について判断するに当つては、判定とは無関係に行うこととなり、当事者も判定になんら拘束されることなく主張立証を提出し得るのである。判定は当事者らによつて尊重されるであろうが、それはあくまで事実上の問題にすぎない。判定によつて当事者の権利利益が害されることがあり得ない以上、これを争訟の対象とする法律上の利益はないから、判定は、行政不服審査法上の行政庁の処分と目することはできない。

3、判定は、事実行為としても争訟の対象となる行為ではない。

行政不服審査法における事実行為は、明文の示すとおり、公権力の行使にあたる事実上の行為すなわち行政処分に類するような結果を招来する権力的行為を指すから、判定はこれにもあたらない。

(二) 原告の異議申立を審査請求として処理したのは正当である。

判定は、特許法第七一条、同法施行令によつて明らかなとおり特許庁長官の指定する審判官が合議制によつて行うのであるから、判定の処分庁は審判官である(特許法第一七九条は、審決に対する訴訟については、特に処分庁でない特許庁長官を被告とすべき旨規定している)。そうすると、特許庁長官は審判官の上級行政庁に当るから、訴外会社の本件不服申立は審査請求として処理すべきものである。被告がした手続に原告主張のような手続上の違法はない。

(三) 以上のとおり、原告の主張は、いずれの点でも理由がないから、本訴請求は失当である。

第四証拠<省略>

理由

一、請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件裁決に原告主張の違法があるかどうかを検討する。

(一)、原告は特許法第七一条(実用新案法第二六条において準用する場合を含む)の判定が、行政不服審査法における「行政庁の処分」にあたると主張するところ、行政不服審査法における行政庁の処分とは、国民の権利義務または法律上の地位に直接かつ具体的な影響を及ぼす公権力の行使にあたる行為を指すものと解するのが相当である。このことは、同法第一条に「行政庁の違法または不当な処分その他公権力の行使にあたる行為に関して国民に対して広く行政庁に対する不服申立のみちを開くことによつて、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。」旨の規定があることから明らかであるというべきであろう。

ところで、特許法第七一条第一項は、特許発明の技術的範囲について判定を求めることができる旨を規定するにとどまり、判定制度の目的を明らかにしていない。しかしながら、特許法施行令が、請求人および被請求人を対立当事者とし、双方の主張を尽させた上、審判官三名の合議体をもつて判定を下すものとしていること、審判官については当事者と一定の関係ある者その他審理の公正を妨げるべき事情のある者を除斥するものとしていることからみて、これに判定の制度が旧特許法(大正一〇年法律第九六号)におけるいわゆる確認審判制度に代るものとして設けられたとされていることをあわせ考えると、判定は、特許権者と第三者との間において、第三者の製造・販売する物又は第三者の使用する方法が、特許権者の特許発明の技術的範囲に属するかどうかについて具体的な争いがある場合に、当事者の請求に基づいて、特許庁がこれに対する判断を示すものであるとみることができる。

したがつて、判定は、制度的には、特許権者と第三者との間に存在する具体的な紛争の解決を目的とするものであると考えられる。しかしながら、判定の結論が当事者を拘束し、当事者間の権利義務がそれによつて確定する旨の規定は設けられていない。かような権利義務を確定するものは、裁判所の裁判以外にはあり得ない。従つて、判定による紛争の解決は、判定の法律上の効果としてではなく、審判官の特許に関する専門的知識と公正な審理とに信頼を寄せ、判定の結論を尊重しようとする当事者の態度を通じて、事実上もたらされるにすぎないものということができる。それゆえ、判定そのものは、特許庁の単なる見解の表明であり、鑑定的な性質を有するにとどまるといわなければならない。

判定は、特許に関して専門的知識を有する三名の審判官により公正な審理を経てなされるものであるところから、当事者以外の第三者もまた判定を尊重してその結論に従い、また、裁判所等においても、判定が有力な判断資料として利用される例が少なくないことは想像に難くない。けれども、判定が法律上の拘束力を持つものでない以上、判定の結論の採用は、あくまでこれを採用する者が任意にその責任において行なうものといわなければならないから、前記現象をとらえて、判定が当事者の法律上の地位に直接の影響を及ぼすものとみることはできない。

このようにみてくると、判定は、行政庁の行為ではあるが、単に行政庁の見解を表明するものにすぎず、国民の権利義務又は法律上の地位に直接の影響を及ぼすものではないから、行政庁の処分にあたらないものといわなければならない。

(二)、次に、原告は判定が行政不服審査法第二条第一項の事実行為に該当すると主張する。同項の事実行為は、「公権力の行為にあたる事実上の行為で、人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの」をいうのであるが、判定手続は、判定書が当事者へ送達されることによつて終了し、その後に何らの行為も継続しないから、この点において判定が事実行為に該当しないことは明らかである。のみならず、事実行為について不服の申立が認められるのは、それが公権力の行使としてなされるため、国民が通常の民事訴訟手続によつてこれを排除することが困難であるのを救済するためである。ところが、国民は判定によつてなんら拘束されることなく自由に自己の権利を主張することができるから、行政手続上の不服申立による救済の途を開く必要は認められない。この点からいつても、判定は前記の事実行為にあたらないものといわなければならない。

(三)、以上、いずれの点からみても、特許法第七一条第一項の判定は、行政不服審査法第四条第一項の行政庁の処分に該当せず、したがつて、実用新案法第二六条の規定により特許法第七一条第一項を準用してなされた本件判定も行政庁の処分にあたらないから、原告の判定に対する不服申立を不適法として却下した本件裁決は適法であつて、原告主張の違法はない。

三、次に原告は本件裁決には手続上の違法があると主張する。

特許庁は通商産業省の外局であり、その長は特許庁長官であるが、判定は、特許庁長官自身がするものではなくて、三名の審判官を指定してさせるものであり(特許法第七一条第二項)、三名の審判官は合議体により判定を行なうものとされている(特許法施行令第五条第一項)。したがつて、判定を行政庁の処分になぞらえて考えれば、その処分庁は、審判官の合議体であり、特許庁の事務を統括し、かつ職員の服務についてこれを統督する権限を有する特許庁長官(国家行政組織法第一〇条参照)は、その上級行政庁にあたるということができる。それ故、判定に対する不服申立は、審査請求の方法によつてするのが正当であるということになる。

しかしながら、判定が行政庁の処分にあたらず、これに対する不服申立も認められないことは、さきに認定したとおりであるから、その不服申立の方法を論ずることは実益がない。さすれば、本件における原告の異議申立を被告が審査請求として処理したことを違法とする原告の主張は、主張自体その利益を欠き、採用の余地がないものといわなければならない。

四、よつて、原告の本訴請求は、失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正 水田耕一 野沢明)

(別紙)

裁決の理由

審査請求人は、昭和三六年判定請求第一一九号(〔請求人〕本件審査請求人、〔被請求人〕館林市大字谷越六九八番地株式会社米山穀機発明所代表者米山金次郎)に対する昭和三九年一月二一日付けの判定の結論を不服とし、その取消しを求めて本件審査請求に及んでいる。

そこで、判定の結論を不服としてその取消しを求める審査請求が許されるか否かについて判断する。

行政不服審査法によつて不服の申立てが許される場合については、同法第四条第一項本文に、「行政庁の処分(この法律に基づく処分を除く。)に不服のある者は、………(中略)………審査請求又は異議申立てをすることができる。」と規定されており、「処分」の意義については、同法第二条第一項に、「この法律にいう処分には、各本条に特別の定めがある場合を除くほか、公権力の行使に当たる事実上の行為で、人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの(以下「事実行為」という。)が含まれるものとする。」と規定されている。

通常の意味での「行政庁の処分」とは、「行政庁の権力的行為であつて国民の権利義務を形成し、または確定する等国民の法律上の地位の変動を及ぼすもの」と解するのが相当である。しかるに、特許法第七一条(実用新案法第二六条において準用する場合を含む。)に規定する「判定」は専門官庁としての特許庁の見解の表明に止まるものであり、かつ、当事者の法律上の地位に何らの変動をも生ぜしめるものではないから、「判定」は通常の意味での「行政庁の処分」には該当しないものというべきである。

つぎに「判定」が行政不服審査法第二条第一項に規定する「事実行為」に当たるか否かが問題となる。

行政不服審査法が違法または不当な一定の事実行為の撤回の申立てを認めているのは、本来の行政処分の形をとらずに、行政庁が公権力の行使に当たる行為として国民に対して何らかの事実上の行為を行ない、その結果国民に不利益な事実状態を形成した場合に、当事者にその解消を申し立てる権利を与える必要があるとの趣旨に基づくものである。したがつて、不服申立ての対象となる事実行為とは、処分の形をとらないでされた行政庁の行為に原因する物理的な事実状態であつて、継続的性質を有するものと解するのが相当である。

ところで、本件における「判定」は、登録実用新案の技術的範囲を解釈して当事者に示すものであり、その本質は行政庁の精神作用の発現に存するのであつて、物理的作用を伴うものではないことは明らかであるから、これを行政不服審査法第二条第一項に規定する「事実行為」と解することもできない。

これを要するに、実用新案法第二六条において準用する特許法第七一条に規定する「判定」は、行政不服審査法第四条第一項本文に規定されている「行政庁の処分」に該当せず、したがつて、「判定」の結論を不服としてその取消しを求める審査請求は不適法である。

よつて、行政不服審査法第四〇条第一項を適用して「裁決の趣旨」のとおり裁決する。

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